井上さんは、今年10月に加わった最も新しいメンバーで、現在最年長でもあります。
繰り返し熱心に「まつもと日和」の上映会に来てくださっていました。
そんな井上さんに、「まつもと日和」や「まつもとフィルムコモンズ」の活動に感じる魅力を語っていただきました。
Q⒈ 「地域映画」を知ったきっかけから教えてください。
新聞でまつもとフィルムコモンズの活動の様子を読んで知りました。
もともとイベントの関係の仕事に携わっていたため、「工芸の五月」や「松本建築芸術祭」など、イベントに関心があり、出かけるようにしています。
Q2. 「地域映画」のどういうところが好きですか?
もともと、気にいったものは何度でも見ます。「まつもと日和」は最初は信毎メディアガーデンの上映会で。その後上土劇場やまつもと市民芸術館などで、合計3回見ました。画面を通じて子供や孫に対する温かいまなざしが伝わってきます。おばあちゃん子だった自分の子供時代(昭和2〜30年代)を思い出したりもします。
Q3. まつもとフィルムコモンズの活動に関してどんなことを感じていますか?
先日は初めてまつもとフィルムコモンズの月例全体会に行きました。皆、無理のないところで協力し合って良いチームワークだなと感じました。
私は「まつもと日和」の上映会を開催してくれそうな団体を紹介するお手伝いができるのではないかなと感じて加わったばかりですが、加わってみて次回作に向けての制作費集めが緊急の課題と知りました。取り急ぎ、私にできることを考えています。
Q4. 「まつもと日和」はどうでしたか?どんな場面が印象に残っていますか?
ナワテ通りの「中劇」が特に印象に残りました。私の学生時代には映画の街だった松本を思い出しました。洋画専門の映画館だった中劇では『ベンハー』や『アラビアのロレンス』、東京オリンピックの映画などを見ました。
また、美鈴湖のスケートの様子からも思い出が蘇ってきました。家族で美ヶ原温泉の借家に住んでいた時期があり、裏山を登って美鈴湖へスケートしに行っていました。最初は下駄スケート、途中からSSSスケートになったな、などと思い出しました。
女鳥羽川の氾濫(はんらん)は、水巡りのツアーなどで話には聞いていたもので、興味深く見ました。
Q5.現在「松本の地域映画」次回作に向けてフィルム収集などが始まっています。次回作に期待することなど、ありましたら教えてください。
昭和の頃の松本をどのように再発見させてくれるのか。
『ALWAYS三丁目の夕日』のように、高度経済成長の入り口にドラマがあるように感じています。
Q6. 他に何か言いそびれたことがあったら、教えてください!
昔のように家族揃って同じテレビを見ることがなくなり、今は個人個人に情報が分断され、見ているものが全く違う時代になってしまいました。
松本の地域映画を多様な人々と見ることで、世代や出身地域を越えたやりとりが生まれる。
これからの松本は、松本生まれ・育ちの人間だけでなく、”移住者”たちとの共同作品になることが、クリエイティブな街づくりにつながると感じていますので、地域映画がその共通する核になることを期待しています。
私自身経験しましたが、実家の片付けは本当に大変です。遺族も何があるのかわかっていない。そんななか8mmフィルムを救出し残すことは難しいことですが、価値あること。
きっと松本だけで(地域映画を)5本くらい作れると思います。
–井上さん、ありがとうございました!(聞き書き:あかね)